記号は本来コミュニケーションをなめらかにするためのものなのに、それを多用するとわけわかんなくなって通じにくくなるけど、でもちゃんとほどけば正確に伝わるの、やっぱ最高だな。
「よい」を理解した
このよさのために「文化」とかエリートとかが必要なのだな。
この最高さを体験するには、実は自分がコミュニケーションの中にいることすら必要ない。こんがらがった記号で傍目で見たらわけわかんないやりとりなのに当事者間は正確に理解しあっている状況、全然理解できなくても、よい。「尊い」なのかもしれない。
ジャグリングに興味ある人が集まって、わちゃわちゃできたらいいなって思って。
このよさのために「文化」とかエリートとかが必要なのだな。