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記号は本来コミュニケーションをなめらかにするためのものなのに、それを多用するとわけわかんなくなって通じにくくなるけど、でもちゃんとほどけば正確に伝わるの、やっぱ最高だな。

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スポーツルール学、らしい。ジェイがしたのはこれってことかな。
ジャグリングはやっぱり演者自身が哲学的学究的で良いなと思う。

書籍流通がついに変わるみたいだけど、どう転ぶかな

「接続された身体のメランコリー」はドン・デリーロの小説『ボディ・アーティスト』の批評。面白い。小説も面白そう。最終的に主人公が実際に舞台で身体を使ったパフォーマンスをするみたい。
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seidosha.co.jp/book/index.php?
読んでいる。『触れることのモダニティ』の高村峰生の新刊。
伊藤亜紗といい、「触覚」は一つ最前線だなぁ。

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結局、触れることから疎外されるという現代的身体と、ジャグリングはどう関係するんだろうな。「喪失」をテーマにする傾向とかは完全合致するんだろうけど。

与えられた時間は1時間、いつ観られるかわからないし、観られててもわからない。
総合で一番面白かった人が、勝ち。
1時間は長いか

すばる2月号も買います。
西村紗知さんの批評を読むのもありかもしれない。あるいは江藤淳。

ファンの共同体はどこまでいっても「公共」にはならないという問題

「アーティストの人は、どうしてもファンをドメスティックに囲い込むことになるわけじゃないですか。 

論考で女性アイドル産業に少し言及していますが、全くパブリックでないことを、何も気に留めてないのが日本のアイドル産業だと感じます。でも、握手券をつけるつけないみたいなものと、椎名林檎の囲い込み方は大差ないように思う。彼女のオリンピックへの参加のニュースを聞いたとき、真っ先に「ドメスティック」を感じました。一緒くたにしてはいけないけれども、椎名林檎のやっていることもパブリックに開かれていない。」
「大衆文化、ポップカルチャーの面白さは、様々な欲望が交差するところにあるし、そこで「パブリック」は生まれると思うんです。単なる大衆の声の代弁ではない。今はパブリックでないドメスティックな歌詞で、我々大衆を映してしまっている。その変化が、歌詞における「写真を撮る者」の消滅に表れている。」

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今、日本のカルチャーで「公」と「私」を語ろうと思うとこういう議論になるのか。
shinsho-plus.shueisha.co.jp/in

天海についての研究読んでるけど、オカルティズムをどう研究するか、みたいな分野だな。見慣れない世界だ。

生ものは危険、って教わってこなかったのかしら、って思っちゃった。いや、わかってやってるんだろうけど。

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ジャグリング丼

ジャグリングに興味ある人が集まって、わちゃわちゃできたらいいなって思って。