ジャグリング的「技術」再論ーあるいは、山村佑理のためにーっていうのでも書こうかな
ジャグリングの本質を突き詰めたら、物の持ち方のバリエーションとトランジションに至るし、そこに尽きると思う。そこまで至ればむしろ物は何でも良くなるし、その意味では日常生活にも接続し得る。山村佑理は、そうではなく、いわゆるジャグリングの範囲を拡張するかたちで、本質に至っている。
いわゆるジャグリングの型を崩さずに、ただひたすらに物の持ち方のバリエーションとトランジションをみせる、という演技のすごさよ
「ジャグリングの本質を突き詰めたら、物の持ち方のバリエーションとトランジションに至る」という部分が前の文章だとうまく言えていないので、身体・道具・技術の話してるからそこにちゃんと繋げて、わかるように書きたい
ジャグリングに興味ある人が集まって、わちゃわちゃできたらいいなって思って。
「ジャグリングの本質を突き詰めたら、物の持ち方のバリエーションとトランジションに至る」という部分が前の文章だとうまく言えていないので、身体・道具・技術の話してるからそこにちゃんと繋げて、わかるように書きたい