2025/6
6月も引き続き結構忙しかった。授業が増えて週2でやる必要があったのと、今のポストにつながる面接。書類なども引き続きあった。
岐阜で親族の知り合いの方の史料を見せてもらう件も進展があって、岐阜に帰ったり。
読書内容とかも授業との関連のものが多くなってる。やっぱり講義型の授業を最初にやる年はかなり準備が大変。
2025/4
いまのポストの話が最初に来た(まったく確定ではない)のが、この頃だったか。少しHTMLとかをいじっている。
前半にJUGGZINE合宿。いまいちジャグリングの方に力も時間も割けていないなかで、なんか無理に合わせにいったような感じ。あれはよかったのかどうなのか微妙。
科研費の申請ができる身分になったので、書類作成をしていたの。あとは4月から授業やら諸々がはじまって、結構ばたばただった記憶がある。
2025/3
『ライフワーク』で東京へ。座談会収録。
卒論指導の方でも発表会があって、学生さんたちの卒論へのコメントなどをし、その後の飲み会などに行く。おしゃれなバーで博論を出したばかりの院生さん(だいぶ年上)と話すなど。どっちがどう上なのかよくわからない。
3月後半は高知の合宿。近畿歴覧の会という文学系のオンライン研究会にもこのあたりから継続的に顔を出していたかな。中世史や琉球史などの本をこの頃よく読んでいる。
2025/2
『放物線』を見てる。博論の試問があり、その後製本など。
『無言の丘』(無言的山丘)という台湾の映画を見た。日本統治時代の台湾についての映画。
COTENを聞いたり、ビジネス書関係に関心をもって読んでいたのはこの時期かな。まぁ博論も終わって、少し落ち着いて視野を広げようみたいな感じでいた頃。
去年のこと、全然思い出せない。
2025/1
教員公募の書類の作成をしていたのと、1月末には台湾行き。
台湾の旅の記録をどっかに書いたようで書いていないんだっけ・・・?
桃園空港から台北・中央研究院・台湾大学などをみてからバスで台中・鹿港へ。台中では知り合い宅(街中のマンション)でご飯をいただいた。書が趣味とかいう本気の中華的な文人にふれた。その後もう一度台中を経由して、花蓮へ。家に泊めてもらった。ツアーに参加させてもらって、諸々をみて食べて、タロコの山にも行って。かなり色々をみた。その後台北に戻って帰国。
旅程だけ書いてもあんまり意味ないか。実際の台湾の人の家に何度もお邪魔できたのが貴重な経験だなと思う。
@mimizu123
ブログ自体は活動を外向きに発信して、存在意義とかを伝えていくところにあると思うな(組織改変で変なことにならないために)
エッジコンピューティングは学内向けのサービスとして最近の目玉みたいね
書いてる先生の個性もあると思うけど