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bookmeter.com/books/337372
対談。谷川俊太郎がめっちゃツッコミするの、なんかおもしろいな。
フローの言葉とストックの言葉(=文学)という分け方が出てくる。今はフローの言葉ばかりで、詩(現代詩)の言葉もフローになってて吉本隆明いわく「無」であると。
「現代詩」業界云々みたいな話もある。「現代詩」業界で活動し、それを多少疑いつつも全然離れられない和合さんと、そんな業界にそもそも関心すら寄せないというか、それが「幻想」だ、とわざわざ指摘する必要も感じていなさそうな谷川さん。
でもそういう「幻想」がもってしまう括弧付きの「現実感」に僕自身は関心があるなぁ、と読んでいて思った。

つよい主体とせこい主体がいて、後者は問答無用で否定されるべきだが、前者もまた否定して、もっと受け身な何かを肯定したい

系統的な読書。やっぱり「わかりたいあなたのための~」が求められるってことか
twitter.com/hik0107/status/156

note.com/s1000s/n/na0dbd2e8632
あんまよくわからん。そもそも眉唾感があってなんとも。『ファスト&スロー』はあんまり信頼できないかもしれないとか云々。
そしてやっぱnoteは読みやすくないな。。。

特権的な審査員がいて、鐘を鳴らす形で評価を下す。という構造に戦後日本の限界みたいなものがあらわれているよな。

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素人に歌を歌わせる「のど自慢」ってわりとすごいよな、と思ったら、1946年に始まった番組だったし、プロデューサーが丸山真男の兄(鐵男)だったし、なんかすごいな。

hakusuisha.co.jp/book/b243687.
「『のど自慢』に出たがる大衆を、歌の上手下手にかかわらずラジオに登場させる。人間の勘違いや気取り、しょい込みなどがそのまま表現され、それを見る人はなんともいえない気恥ずかしさと滑稽さを感じる。そして鐘が鳴る。そこには放送局の下手な演出がない。つまり戦前の鐵雄が忌み嫌った「指導性」が存在していない。大衆が見たがるものを提供しているのは、大衆自身である。ここに「大衆性」に依拠した鐵雄の番組論のひとつの帰結があった。」

資本主義はなぜ,集団スポーツを産んだのか
harp.lib.hiroshima-u.ac.jp/hue

なんだそれ。面白そう

目配せ・目配りの誤用、めちゃくちゃ引っかかるな

cunugi.jp/about
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ジャグリング丼

ジャグリングに興味ある人が集まって、わちゃわちゃできたらいいなって思って。