久々にゆったりと過ごしている気がする。新幹線で久々に吉田健一をじっくり読めたのが良かった。この心持ちを保って生きたい。
「一様の春」とかの「一様」という言葉、とてもよい
寒い
日本帰ってきた
https://x.com/kua_tsushin/status/1883092455178072155
台湾に来て、かなり濃い経験をさせてもらっているけど、そういうのを文章にして書ける気がしないな
対人関係における身体の問題、はいわゆる自意識の問題とも全然違うから、言語化は間違ってるな
シンプルにおもしろくはない。もちろん実行はとにかく難しく尊いわけだが。
少なくともジャグリングや舞台などについては本質を問うことが得意ではない、もしくは無意識的にできはしない、という点に多分多少のコンプレックス的なものがあり、最近のイベント関連でゲンロン(東浩紀)ー植田さんー三宅さんなどが強い言葉で言っている(らしい)観客大事≒ビジネス大事みたいな文言には、(ビジネス自体は全然得意でないけど)共感とともに、本質から逃げることを可能にしてしまう魔法の言葉的な感じもある
https://note.com/ozakikobukuro84/n/n00565e93e0a7
文フリからのゲンロンイベントで盛り上がりがすごいらしい。というのを台湾から眺めてる
植田さんをフォローしたからそう見えるだけなのか、「批評」をめぐるTwitter上の言説が例の京都イベントで一気に文脈化されててびっくりする。まだ活動してたんだな、みたいな人がたくさん発言している。
着丼うんぬんの話、開花や降雨と同じ構造なのかも。事態=事物な自然現象に用いられる存現型の動詞句として中国語学の文脈で概念づけられているらしい。
ムーブが花田くんに似てるよね、という話を昨日花田くんにした。
ピンとこないことが多いな最近
昔から流行ってない?今そんなに流行ってるの?
エッセイブーム的なことがあるのだとして、むしろ単に近代的な小説とかいうフォーマットが死につつあるだけなのでは
エッセイ良いよなの気持ちはあるけど、今エッセイブームがきてる、というのがよくわかってない。そうなの?
たつるくんは一番それに近いけど、たぶん本人のやりたいこととは微妙に違う。
中国語は「~~をしたい」などが「想」で表現できるからか、日本語にした時「~が欲しい」という表現を使いがちなので伝染ってる、けどその方が何か正しい表現な気もしている。
これは多分演劇とか観始めて、わたなべひさしを観た時から思っている。原始に戻りすぎていて、社会性がない。社会性から逃れられない私達のジャグリングが欲しい。
ジャグリングに興味ある人が集まって、わちゃわちゃできたらいいなって思って。