https://fukuoka-u.repo.nii.ac.jp/records/2000518
ナチズムとフレーベル主義幼稚園 : 絵本・児童書にみられる反ユダヤ主義を中心に
勝山, 吉章
tion 福岡大学人文論叢
en : Fukuoka University Review of Literature & Humanities
巻 56, 号 3, p. 901-930, 発行日 2024-12
じんとかにじさんじとかはエモいのだけど、自分たちの過去をそういうエンタメとして消費するのが上手すぎてちょっと良くない感じがある。
再始動したキズナアイはなんか淡々としてて良かった。動員してこない。コメントは勝手に動員されてたが。
何回でもみれるなこれ。
演出凝りすぎててすごい。というか、曲揃えるとこから演出なのかな。
歌と踊りの感じの洗練のされかたもよくて、
もうなんか、V自体もでんぱ組も相対性理論もこのためにあったんじゃないかみたいな気持ちになっちゃうな
「ジャグリングの本質を突き詰めたら、物の持ち方のバリエーションとトランジションに至る」という部分が前の文章だとうまく言えていないので、身体・道具・技術の話してるからそこにちゃんと繋げて、わかるように書きたい
ジャグリングの本質を突き詰めたら、物の持ち方のバリエーションとトランジションに至るし、そこに尽きると思う。
そこまで至ればむしろ物は何でも良くなるし、その意味では日常生活にも接続し得る。
山村佑理は、そうではなく、いわゆるジャグリングの範囲を拡張するかたちで、本質に至っている。