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つみきねは、同じことをしながら、タイミング以外の「規定」をどんどん狭くすることでジャグリングらしさを保とうとしている、という見方もできるのかもしれない。

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結局いつもわたなべひさしの話になるけど、フロアジャグリングはこの規定を外しちゃった(床に置くので、「規定」の中にタイミングの指定がなくなった)ので、ダンスとそのまま共存できる。

規定が狭いので、狭い穴を抜けるための方法が見つけにくく、その方法が「技」として固定化されやすい。
規定が緩いと、穴の抜け方が簡単に見つけられる(その間の体の動かし方・他の道具の扱い方の自由度が高い)ので、「技」を分解しやすい。

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ポイは意外とこの規定の影響力が強い。「自由度が低い」みたいな言い方がされがちだけど、多分少し違うような気もして、規定が強ければ強いほど、「技」が分解しにくくなるのかと思う。

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規定するというのは、単純に言えば、ある高さである場所にボールを投げたら、地面に落ちるまでのあるタイミングのある場所でキャッチしないといけないという類のこと。
投げない場合でも(ポイとかでも)、一定の規定はあるし、規定が強いほどジャグリングっぽさも出る。

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この点で、音楽に一番近くなるというのが面白いことで、ダンスと音楽よりもジャグリングと音楽の方が近い。

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「ある道具の操作が、それ以降の体の動き・位置を規定する」というのが、狭義のジャグリングでは重要なんだと思っている。

ボールジャグリングが主なジャグリングの中で最も要素分解をしやすいのではないか、という話をした。

人間関係構築あるいはつながり方について、趣味を通じたそれ以外の経験を自分はほとんど持っていないような気がする(?)

今の所ダントツで好き。感情を感じる。リコーダーがいい仕事してそう。ラストのフレーズで「そもそもきりたんが居ないことに今きづいた」ってコメントが流れるのが、歌詞とも合わさって劇的にエモ。

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hailey5cafe.com/
Hailey’5Cafe‎というネットカフェがすごくてびっくりした。「完全オートロックの個室」の謎おしゃれ空間だった。安いし。

ちなみにこの日記はかなり面白くて、明治二十年の記事では家で女性たちが「狐狗狸戯」をしている様子が記されている。コックリさん。西周は「其動クコト不可思議ナリ」と書いている。
コックリさんはちょうどこの頃流行りだしたらしい。井上円了が同じ年の文章で「コックリのはじめて俗間に行われたるは両三年以来のこと」と書いている。( aozora.gr.jp/cards/001021/file
円了の文を読むと、当時のコックリさんの様子も分かるが、コインを使うのではなく、竹串と飯櫃の蓋などでやったらしい。

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当時、ジャグラー操一( ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B )の名前で活動している奇術士がいて、どうも天一よりも先に名を売っているらしいので、天一に対しても「ジャグラー」と呼んでいるという事情なんだろうか。

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厚生館は明治会堂( ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%8 )のことらしい。3月3日には松旭斎天一の一座が公演を打っている(藤山新太郎『天一一代: 明治のスーパーマジシャン』NTT出版, 2012のp284)ので、それを見に行っているらしい(周本人は行ってないが)。

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明治時代の学者・官僚の西周の日記を読んでいるが、その明治二十二年三月三日の記事に「シャクラー」の文字が。

意外と日本のインターネットの話知らないな、、、

日経ビジネスのオンラインゼミ「インターネットの父・村井純が語るデジタル革命の本質」
business.nikkei.com/atcl/semin

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「元の文明ってのは世界にたくさんあるんだけど、でもインターネット文明っていうのは1個しかない、インターネットは地球に1個しかないから。ここが一番伝えたいことで、俺たちは国と国との間でこの地球を生きてるけど、インターネットは1個しかない。これが一番のバリューだと思う。人類は、インターネットの前には地球全体を1つの空間だと思って人間が生きる空間を持ってなかった。」

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ジャグリング丼

ジャグリングに興味ある人が集まって、わちゃわちゃできたらいいなって思って。